LOGIN「あ~ら、殿下。うちのエマをどうするおつもりなのかしら? その嘘つき女に誑かされていらっしゃるの? 目を覚ましなさい!! 淫乱なその女を妃にするなんて、誰も認めないわ!!!」
(殿下に対して、不敬だわ。レベッカ、あなたって……、本当にみにくい言葉しか吐けないのね……。淫乱? それは、あなたが捏造した話でしょう)
レベッカの常軌を逸した発言に呆れてしまう。
(この女と同じ土俵に立ちたくない、視界に入れたくない、口も聞きたくない)
カレンはレベッカへ激しい嫌悪感を抱く。
一方、隣のアルフレッドは深呼吸と瞑想で落ち着こうとしていたが……。
「罪人レベッカ!!」
―――たった今、堪忍袋の緒が切れた。レベッカがカレンのことを『淫乱な女』と侮辱したからだ。
アルフレッドはレベッカを双眸で鋭く見据える。
「お前に最後通告をする。俺の最愛に対する侮辱は許されない。今すぐ謝罪をしろ。
「お宿ウミネコの角を右に入って、二軒目だったか?」「ん~、そうです」 カレンは手元のメモを確認して答えた。 今、カレンとアルフレッドはヤドリギ横丁を歩いている。 朝一で本日のランチメニューを占いに来たマーガレットが見習い占い師のカレン(今日はレダが占っていた)に『今日の正午に皇子殿下と一緒に店まで来て欲しい』とお願いしたからだ。(レダさんの後ろに黙って立っていたら、いきなり『カレンちゃん~』って、話しかけてきたからビックリしたわ。しかも、アルを連れて来て欲しいだなんて……) マーガレットはアルフレッド皇子がレダの家に入り浸っているのを知っている。 とはいえ、レダがいる前でカレンにお願い事をして来るのは初めてのこと。 なぜ、店に呼び出されたのか。理由もさっぱり分からない。(レダさんは『行ってらっしゃい~』と笑って送り出してくれたけど……。今回の呼び出しには裏がありそうで怖いわ。マーガレットさんって、フワッと糸口を掴んで来る性質があるらしいし……) 実際のところ、厄介事が起こるときは大抵マーガレットが先触れのような話題を出してくる。 レダはそれを上手く活用しているのだが、カレンは……。(私は深読みするのを忘れて、おしゃべりを楽しんでしまうからダメなのよね~。無駄話を一切しないレダさんのような占い師には一生なれなさそう……)「カレン、あれじゃないか? ほら、看板に……」 お宿ウミネコの角を曲がったところで、アルフレッドが一枚の看板を指差した。『ビストロ・ソレイユ』 白壁のお店にターコイズブルーの看板。白い筆記体で書かれた文字がとてもお洒落だ。「うん、あのお店で間違いなさそう」「あのご婦人……、実在していたんだな……」「?」 カレンは
眺めの良いアデンの丘は夜景の時間だけでなく、お昼も人が多い。「レダ、カフェ・ロッソでお茶でも飲もう」「いいね~。いつ振りだろう」 カールの誘いに乗るレダ。 カフェ・ロッソは昔からアデンの丘にあるお店で、看板メニューはカプチーノとシナモンロールだ。「あ、良い席が空いてる!」 レダは丘の先端に突き出している席を指さした。「急ごう!」 他の人に席を奪われないように二人は急ぎ足で店に入っていく。♢♢♢♢♢♢♢ 皇宮はアデンの丘の向かい側の大きな岩場の上に立っている。そのため、顔を上げるだけで視界に入ってしまう。「ニックは今日も忙しいのかい?」「ああ、しばらく居なかったからね~」 カールは核心を避けて話す。「他国と変な取り決めをしてしまったのを白紙に戻す交渉だけで、数年も掛かりそうだ」「あ~、それは大変だね~」 ニックこと皇帝ニコラスはシュライダー侯爵家に入り込んでいた大魔女ジェシカの手で一年半、深い眠りについていた。 その間の執務は身代わり人形が好き勝手にしていたため、かなり深刻な状態になっているのだという。「アルフレッドが居ても、手が足りなさそうだからね~」 レダは呟きながら、コーヒーカップに手をのばす。 大きな葉っぱのラテアートが施されていて、可愛い。「レダ……」「ん?」「殿下のことを買いかぶり過ぎじゃないか?」「はぁ?」 レダは素っ頓狂な声を出してしまった。「買いかぶり? どういうこと?」 レダは眉を顰める。 今はオフなのでフードは被っていない。風に撫でられて、美しい金色の髪がたなびいている。「部屋を用意したり、手料理を振舞ったりしたことが気に入らないのか?」「違う。殿下は仕事も早いし、気配りもしっかりとしている。とはいえ、大魔女の君が彼を頼る必要はないだろう」
レダとシュライダー侯爵が出かけた途端、貿易商のシューマンが店に現れた。 「レダ、お久しぶり~!」 「あ、シューマンさん! お久しぶりですね。買い付けの旅はいかがでしたか?」 「あれれ~? しばらく会わないうちに随分と僕に興味を持ってくれるようになったね~」 カレンはドキッとする。 ここ最近、レダが『カレンの好きにしていいよ~』と、甘やかしてくれるので、お客様とのおしゃべりを気兼ねなく楽しんでいたのだが……、まさか、そこを指摘されるとは思わなかった。 (シューマンさんとは、しばらく会ってなかったから、突然の変化に驚くわよね~。失敗したわ……) 「……」 「あ~、大丈夫? 僕のせい?」 シューマンはカレンが俯いてしまったので、心配する。 「いえ、大丈夫です。急に馴れ馴れしくしてすみませんでした」 「え~~~、そんなこと言わないでよ。気楽に話してくれた方が嬉しいから」 「そうですか?」 「そうそう! ごめんね、気を遣わせて~」 明るいシューマンの声を聞いて、カレンは顔を上げた。 もちろん、フードをしっかりと被っているので、シューマンの目にカレンの表情が映ることはない。 「今日は何を占いましょうか?」 カレンはテーブルの上の水晶に手を翳す。 「待って! 今日は先にお礼を言わせて!」 「お礼?」 「うん、前回、レダが香辛料を仕入れた方がいいってアドバイスをくれた件なんだけど……。イシュタル共和国とオルセント王国が一時険悪になって国境を閉ざしていた期間があっただろう?」 「あ~、ありましたね」 (レダさんが陰で両国に働きかけて国境を封鎖した時のことね) 「僕がキャラック船で順次ニルス帝国に送っていた香辛料が毎回、予約完売してしまう状態になって、信じられないほどの利益が出たんだ」 (羽振りのいいシューマンさんの言う『信じられないほどの利益』って、想像も付かないのだけど……) 「で、今回はレダにもボーナスというか、御礼!! これを受け取って!」 シューマンは懐から革袋を取り出した。 (まさか!? 金貨入りの袋? えっ、本当に?) 大金かも知れないと動揺しているカレンの前で、シューマンは手際よく、革袋の紐を解いて、中身を取り出す。 「は!? 凄っ!!」 シューマンが差し出したのは大きな真珠がのっている銀色の
甲板の先端。 強い日差し、海面からの照り返し、酷く眩しい。 ニルス帝国を出て、早三か月。 白いスリーピースを着た男は水平線の先を見つめて、微笑む。 懐から、金属製のケースを取り出し、葉巻を一本取り出した。 シガーカッターで先端を切って、軽く口にくわえ、手でドームを作る。そして、ライターでゆっくりと丁寧に火をつけた。 ゆるりと吸い、フ~と吐き出すと、いつも旅の前に立ち寄るレダの家が思い浮かんだ。「レダは元気にしているかな~?」♢♢♢♢♢♢♢ 本日のランチのメインはカモ肉のローストをたっぷりの野菜と一緒に薄いパンで巻いたものだった。デザートはヨーグルト。トッピングはブルーベリー。「今日のメニューはあたし好みだね~」 レダは昔、東の国を旅したときにこういう料理を沢山食べたという話をしてくれた。「ここ最近は真面目に仕事をしていて、どこにも行ってないからね~。久しぶりに旅でもしたいね~」「侯爵と行ったらいいのでは?」「いや、カールと行くより、あんたたちといった方が楽しそ……」 バタン!!「レダ!!」(うそ!? 最悪のタイミングで現れた……)「あ~、カール!」「酷いじゃないか!! 私はのけ者か? 君の夫なのに……」 レダとカレンはアルフレッドの持って来たランチを三人で一緒に食べていたのだが……。 いきなり、カール(シュライダー侯爵)がダイニングに飛び込んで来た。 彼はこういう風に突然現れることが多い。「いや、カールと行きたくないという訳じゃなくて……。この二人は見ているだけで面白いというか、何というか……」「私が面白くないということか……?」「面倒くさいな…&hellip
最近カールは皇帝の補佐のような仕事をしており、しばらく屋敷に帰ってない。「屋敷に戻っても可愛い娘はいないし、レダも……。というか、どうして、殿下は私の家族と一緒に暮らしているんだ?」 心の声がつい漏れ出てしまう。 どう考えてもおかしい。 カレンとアルフレッドは婚約者同士ではあるが、結婚式の予定もない。 なのに、義理の母も一緒に三人で同居? ズルすぎるだろ! カレンの夜間護衛? レダがいるのに護衛が必要なのか!?―――腑に落ちない。「カール、どうした? 険しい顔をして……」 ニックこと皇帝ニコラスは微笑みながら彼に問う。 聞かなくても理由は分かっているが……。少しでもピリピリとした執務室の空気を改善したかったのである。「陛下、ご子息をどうかしてください。私だけのけ者です」 カールはアルフレッドのことをワザとご子息と言った。殿下と言いたくなかったからである。「うちの息子がすまない。カレン嬢に夢中で……」 ニックはレダの名を出さなかった。これ以上、拗らせたくなかったからだ。「夢中……。だからといって、婚前に同居なんて……」「ああ、それなら、いっそのこと結婚させるか?」 ニックは子供たちの結婚式を想像した。 皇后に似て、綺麗な顔立ちをしているアルフレッドと、レダと瓜二つのカレンが並んでいる姿は人々を魅了するだろう。 最近、良くないニュース続きのニルス帝国としても、おめでたい報告を国民に出来るのは非常に良いことだ。「結婚……? 早すぎる!!」 反対の言葉と共にカールは勢いよく立ち上がった。ニックは驚いてビクッとする。「そ、そうか? 二人とも成人しているのだから、そんなに早くもないと思うのだが&hel
カレンは相手を知らないので、相手に見つけてもらうしかない。 正直なところ、もう半分くらい無理かもと思い始めている。それくらいアデンの丘の広場は人でごった返していた。 カレンはサクロの丘の上にある皇宮の方を見る。 巨大な皇宮は闇夜のなかでも、多くの明かりが灯されて、とても美しく浮かび上がっていた。 (殿下の生まれ育った皇宮……。私も今後はあの宮殿で暮らしていくことになるのよね) カレンはボーッと巨大な建物を眺める。 (殿下から、あれだけ毎晩一緒がいいと粘られたら、私が皇宮から『レダの家』に通った方が良さそうな気がする……) 「アルは明日帰って来るのかしら」 海軍の演習は一週間とアルフレッドは言っていた。 いつでも呼び出していいと言われたが、カレンは彼に連絡を取っていない。 手すりに頬杖をついて、アルフレッドのことを考える。 彼と離れていても、カレンの心はいつもあたたかな毛布で包まれているようだった。彼の底なしの優しさと愛情の毛布に。 「私もアルにぬくもりを与えられる?」 (少しは素直になりたい。殿下のように……。心をポカポカと温められるような愛の言葉を私も言えるようになるかしら) ボーン。 カレンが考え事をしていると午前0時を知らせる鐘が鳴り響いた。 (あ~、日付が変わった。ええっと……、私は何時までここにいたらいいの? まだ、夜と言えば夜だけど……) 夜に来て欲しいとカードに書かれていたため、カレンは終わりの見極めに悩む。 「!?」 後方から、誰かがカレンのフードを引き下ろした。サラサラサラと金髪の長い髪がフードの外へ零れ落ちる。 (誰!? お手紙をくれた人? それとも、人違い?) カレンはゆっくりと振り返った。 「あ、えっ?」 目を見開く、カレン。 後ろに立っていたのはアルフレッドだった。 (何で正装なの!? 猛烈に目立っているのだけど!!) 周囲も皇太子が現れたとザワツキ始めている。 (ああああ~、大きな騒ぎになってしまう) 「殿下、早く立ち去りましょう」 カレンはアルフレッドの袖をつかんで、小声で囁く。 しかし、彼は首を横に振って、彼女の提案を断る。 (―――どうして?) 次の瞬間、アルフレッドは彼女の前に跪いた。 一瞬だけ、周りから悲鳴が上がったものの、
「マーガレットさん、おはようございます!」「おはよう、レダ(カレン)! 今日もよろしく頼むよ~」 朝食後に突然、レダが用事で出かけると言い出したため、本日はカレンがレダの身代わり占い師をする。(昨日、レダさんはマーガレットさんを呼び捨てで呼んでいたけど……) マーガレットはカレンから『さん付け』で呼ばれても何も気にしていないようだ。(レダさんが『それくらいの差で偽者と見破られることはない』と断言した通りだわ) レダは不安そうにしていたカレンに『今まで通りのあんたのや
「そうかい。それじゃ、あんたもいつかは死ぬってことだね」 何となく、話が不穏な方向になって来て、カレンはハラハラしてしまう。 いつも朗らかなマーガレットの口から『死ぬ』という言葉が出て来たからである。「ええ、誰でも最後は死にますから……」 何となく言葉尻を濁してしまう、カレン。 想定外の重い話題など対処し切れない。(早く話題をかえよう。死について語れるほど、私は人生経験もないし) カレンは黒いフードを両手で引っ張って、目深に被り直した。「レダ、勝手にフードを引っ張って悪かったね。あんたに当たるのはお門違いだと分かってはいるんだ。―――実は旦那の調子が悪くてね。もう長くないと医者
いきなりドアが開いた。(うわっ! 誰!?)「昼ご飯を持って来たぞ」 バスケットを抱えたアルフレッドだった。「殿下~。急に入って来るから、ビックリしましたよ。お昼ご飯、ありがとうございます!! ちょうどお腹が空いたな~と思っていたので、最高のタイミングです!!」 カレンは満面の笑みで彼を迎える。こんなに喜んでもらえると思ってなかったアルフレッドは、つい照れ笑いをしてしまう。 それでも、彼はカギを締めるのを忘れない。(ああああっ! カギを……)「私、カギを掛け忘れ
アルフレッドとキュイを見ながら、カレンは考え事をしている。 (キュイの水晶のような瞳と艶のある黒髪、そして美しく均整の取れたお顔って、まるでお人形さんみたい……) カレンがキュイに視線を戻すと、彼女は干しブドウをたっぷりとのせたスプーンを慎重に口へ運んでいた。 (ああ~、本当に可愛いわね!―――ん? あれっ!? あっ、違うっ!! 思い出した!! キュイは正真正銘お人形さんよ!! えっ~、どうして、こんなに大事なことを忘れていたの、私!?) キュイと一緒に過ごしているうちに、頭の中から重要なことがスッポリと抜け落ちてしまっていたようだ。 これは単なる忘却なのか、それとも他の原因







